忍者ブログ
フットボールの徒然ニュース
[67]  [66]  [65]  [64]  [63]  [62]  [61]  [60]  [59]  [58]  [57
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

1985年のヨーロピアンカップ決勝、リバプール対、ユベントス戦が行われた、ベルギーのヘイゼルスタジアムで、起こった、災害。

hey.jpg



この惨事で、39人が亡くなっている。その殆どは、イタリア人で、ユーべサポであった。試合が始まる前、主催者のベルギー側は、ライバルサポを分断する為の、中立席を、地元のフットボールファンに開放すると、発表する。この決定は、闇チケットの横行を起こし、スタジアムを最悪な状態へと変化させる危険性を説いた。しかし、その要望も虚しく、試合は行われた。リバプールは、その一年前にローマでASローマのウルトラに散々にやられた複線を持っており、イタリアチームとの敵対心は、広がっている状態だった。

中立席の購入者の殆どは、闇チケットからのユーべサポであり、リバプールサポとユベントスサポを切り離すことは、失敗に終わった。当然、隣同士、いがみ合いが始まり、彼らを分散していた貧弱な金網は、その効果を発揮する訳もなく、リバプールサポの侵入を招く。ユーべサポ側へのライバルサポの乱入は、混乱を招き、逃げまとうユーべサポは、老朽化された、ブロック塀にその混乱を避ける一心に、登り始めると、無残にも、崩れ落ちる運命にあり、その結果、下敷きになり、多くの犠牲者を出した。

この事件とは違い、後の、ヒルズボローの悲劇には、フーリガンニズムとの直積的な関連性は、存在しない。しかし、ヘイゼルスの悲劇は、スタジアムの老朽化、運営体制の不備と言う、点で、ヒルズボローの悲劇とは、類を同じくしている。

イタリア人被害者が多数出たことから、リバプールサポの責任が大きく追求されるなかで、英国のクラブの大陸でのプレーは、この事件後、5年間の間、禁止されることになる。そして、彼らには、もう2年間の禁止が追加されることになる。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL 
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
(12/21)
(02/02)
(01/27)
(01/27)
(01/26)
最新TB
プロフィール
HN:
Three lions
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
忍者ブログ   [PR]

素材提供 始まりはいつも空